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懐中時計 (1.01KB)

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私は不思議な時計を持っている

真鍮の懐中時計だ
全体にはゴールドメッキが施され
儚い光芒を抱き留めるための
やや頼りない両腕を与えられている
三時の方向にあるリューズ(竜頭)から
専用のチェーンが伸びており
先にはリング型の止め具が付随している
ハンタケースの中には
やや丸みを帯びた硬質プラスチックが納まっている

そう
ハンタケースの懐中時計だ
リューズを押すと表蓋は九時の方向へ開く
<随分辛抱していたんですよ>
という風に勢いよく
開く
春一番が念願の脱走でも果たすかのように

ローマン数字をあしらった文字盤(ダイヤル)は
まるで細身の数字たちが
粋な漆黒の背広を身に纏っているかのよう
存在感をくっきりと主張する
時空をきりり
と、引き締めてくれている

文字盤はフルスケルトンであるため
機械の動静を直に目で追うことができる
規則正しい鼓動は
美が何たるかをきちんと理解し
生とは何たるかを誠実に語る
人の未熟たるやを酷く痛感させられる

機械の動静を
別の気まぐれな鼓動と合わせれば
いつぞやの淡色の記憶は呼び起されていく
存命は順々に実感され
胸には熱い思いが過ぎる
辿り歩いた道に用意されていた
分岐路の出来事が
ぼうっと浮かび上がり
回想されていく

ブレゲタイプの針(ハンド)は敬虔さとともに
光陰の中に慇懃に佇んでおり
次の指令を謙虚に待ち続けているかのよう
スモールセコンドの秒針は独立して動き
個性が何たるかを
滔々と説こうと努めている

ここまでは至って普通の懐中時計だが
この懐中時計は残念なことに
クォーツ(電池式)でも
手巻き(機械式)でもないのだ
駆動源が用意されていないのだ
にも関わらず
開けた瞬間の時間を瞬時に
正確に表示することができるのだから
神秘的としか形容しようがない
勿論、開けた後
針はぴくりとも動かない
閉じているときも鼓動はまるで感じられない
現在を生きていないのに
現在の時間を馬鹿に真面目に表現するのだ

一体どのようにして―

それでも間違いなく
これは確からしく時計なのである
一度閉じて
再度蓋を開ければ
いつでも正確な時間を確認することができるのだから
疑う余地はない
しかし
ゼンマイを巻く必要もなければ
電池交換の必要もない
当然のことながら
コンセントめいたものも必要としない
不思議でならないのだが
見事なまでに
懐中時計なのである

*

私は不思議な時計を持っている

それは真鍮の懐中時計だ
それはハンタケースの懐中時計だ
それは正確な時間を表現する立派な懐中時計だ

しかし
それは心臓を持たない懐中時計なのである

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